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伝統風水と現代の風水

近年、風水は世界で知られ、広く受け入れられるようになりました。それにともない老年の風水師らの伝統風水と、今の風水実践者らの現代風水との間に線引きがなされ、両者が対立する場面もあるようです。

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21世紀に新・旧の風水がハイブリッド的に進化するのは、伝統的な中華料理が融合調理され現代にチャイニーズ・キュイジーヌとして進化を遂げたのと良く似ています。このモダンな料理が世界中の都市部で大成功をおさめているのは進化の結果といえます。
今の時代、伝統風水は現代の生活の知恵である「気」や「ボディ・マインド・スピリット」と関連を深めつつあります。
私たちはこの進化を好意的にとらえています。リリアン・トゥーはここで古代中国の経典に起源を持つ伝統的な風水がどのように現代の社会で実用されているのかをお話しします。

中国の伝統的な風水
伝統的な風水は長きにわたり系譜継承者や専門家によって受け継がれてきました。伝統風水の考えは道教の「大地は生きていて、『気』(=エネルギー)によって動いている」という考えに基づいています。
風水の原理は常に「五行(ごぎょう)」で説明されます。五行は陰(いん)と陽(よう)の属性を持ち、自然環境に応じて6つの段階に変化します。
時代を経てこうした説明が体系化され、全体として風水、すなわち風と水の教えと呼ばれるようになりました。古い文献において、風水とは自然環境と同じ意味であると説明され、実践においても土地の形状によってもたらされるエネルギーが重視されます。

山と川は風水の良し悪しを示す主要な要素です。また山と山の力についての解釈にはシンボリズムが重要な役割を果たします。
地形やパターンは龍をはじめとする様々な生き物の形と比較されます。山や岩が良い運気をもたらすものになるか悪いものになるかは、その見た目が重視されます。
風水では基本的に人間に馴染み深いか、慈悲深いとされる生き物に形が似ている山や岩は吉、人間に敵対的または怪物のような形のものは悪意を放つので凶とされます。
環境を構成する要素は、陰(影、女性)または陽(光、男性)と分類されます。水は陰で、山は陽といった具合に。大地は陰で、空は陽と分類されます。
水が山に注ぐ場合や空からの雨が大地をうるおす瞬間には幸運をもたらす恵みのエネルギーが生まれます。動く雲によって見え隠れを繰り返す山は強力なエネルギーを蓄えています。このような山は気に満ちた生命力を川から平原や他の山や丘に向けて放射します。

風水の系譜
古来は、風水の知識は師匠の膝下で学ばれていました。学徒は何年間も師匠のもとに見習いに出て、時にはその期間が一生に渡ることもありました。師匠がその立場を譲ることを認めて初めて彼らは次の師匠になることができました。
経験が一定水準を測る重要条件なので、長い見習い期間が時には延長されることがあったとしても喜ぶべきことでした。
風水師は生活哲学を真に理解することが求められました。判断力と道徳倫理観、人生経験が尊敬されるレベルに達していることが師匠たるための前提条件でした。
山の強力なエネルギーに抱かれ修行し、実際にその目で良い風水と悪い風水の両方の効果を見ることで師匠になるための人間性を養い、また彼らの多くは瞑想のスキルも熟達していました。
このように長い年月を経て師匠として認められ、そうすれば多くの学徒や信者から尊敬される一生が約束されました。

現在では、存命で風水の系譜を受け継いでいる者はあまり多くなく、師匠を名乗る者の数はさらに少なくなりました。現代の系譜継承者は謙虚で、風水の実践における要点を熟知しているにも関わらず低姿勢です。ただし彼らは自分たちが玄空、三元、三合といった伝統的な中国風水の家元の門下であることを強く自覚しています。
これらの学派は方磁石を使う学派で、風水の景観による影響と方位の法則を組み合わせて用います。方磁石は理論を実践するための要点が集約された伝統的な羅盤(らばん)を用います。

歴史に残る風水師
歴史書では初期の地形風水の専門家であるクァン・ユー、後の黃世昆を魔術的なスキルに秀でた「魔法使い」さながらの風水師であると著しています。彼は206年に皇帝劉邦が漢王朝を築く際に援助したと評されています。
クァン・ユーは劉邦の父の埋葬地を選定したのですが、それが極めて縁起が良かったので、劉邦の王位昇格が確実なものとなりました。
その後、劉邦が彼のライバルである秦の皇帝と争った際には、敵が魔術師を使って劉邦の父の墓周辺のエネルギーを吸い取って劉邦の風水を崩そうとしたのに対し、道教僧侶のクァン・ユーがそれを迎撃するための風水戦に勝利し劉邦と漢を守ったとされています。

漢王朝初期に活躍した風水師にはチン・ウーがいます。彼はクァン・ユーの父として知られており、「チュアン・チン」という題の最古の埋葬法を文書に残したとされています。
クァン・ユー研究家によれば、山から流れる気に関する現代風水の大部分はチン・ウーの書物に起源するとされています。

呉王朝(265~420年)に至るとクオ・プーが風水の師匠として名を馳せ、彼の名は今日においても健在です。彼は天体観測・占い・魔術を生業としており、クァン・ユーのことをエネルギーの源泉である場所を選定する熟達した師匠であると認めた上で、クオ・プーもまた埋葬場所に関する文献を残しました。

そして唐王朝期(618~906年)には王朝の終わりまで生きたヤン・ユンスンが活躍しました。ヤンは宮廷に務める天文学者兼地理学者であり、大変な博愛主義者としても有名でした。
彼の残したクァン・ユー主義への最も大きな功績は、やはり「百龍の理論」です。この理論は龍脈を見定める時に谷を山と同等に重視するというものです。
ヤンはまた、三元と三合の風水学派を創始したことでも知られています。多くの人がクァン・ユー理論を人工建造物に初めて適用したのはヤンの功績だとして讃えていることもまた事実です。

宋王朝期(960~1279)に活躍した風水師にはシュー・ジェンワンがおり、彼が玄空派の創始者として知られています。ある宋皇帝の先祖の墓の場所を検証した後に彼が王朝の崩壊を予言した話はよく知られています。
自分が得る富や権力には関心を示さず、クァン・ユー理論を誠実に人々の運を豊かにするために用いました。
シューは自身の秘伝を口伝したため、後世に文献を残すことはありませんでしたが、清朝期(1644~1911)初期に玄空派の学徒であるチン・ターシュンがこの学派の風水に関する本を出版した際に、その秘伝が一瞬表に出たことがあります。

八宅風水が導入された時期もまた、清朝期(中期)です。ジョークェン・タオジェンが「八宅の簡潔な理論」を出版したことが八宅風水導入のきっかけとなりました。
有名な風水の作家であり自身も伝統的風水の系譜者であるエヴァ・ウォンもまた、「道教不死の物語」の中で伝統中国風水の師匠について背景知識を記しています。
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伝統風水の諸学派

三元風水
三つの時期という意味を持つ三元風水は、唐王朝期(618~906)の学者であるヤン・ユンスンによって創始された最も古い風水の学派だと考えられています。三元派には少なくとも1100年の歴史があるとされ、地形に特化した古典的理論を用います。
埋葬場所の風水について特に注意を払い、その際に方磁石を用いて埋葬場所が子孫たちにとって吉運のある地形的特徴に調和するように調整します。
宋王朝期(960~1279)においては三元風水の実践者たちは人工的な建造物を考慮に含めるようになりました。
その際に彼らはフライングスター風水のチャートを用い、建物の気の流れを測りました。
中国が共産党時代に入るとさらに三元風水はその適応範囲を広め、その範囲は建物にとどまらず、高速道路や橋、塔も含めるようになりました。
今日では、三元風水は自然の地形や建物に関する包括的な分析システムとして利用されていますが、今でも自然の地形をより重視します。

三合風水
三つの合一を意味する三合風水はヤン・ユンスンに起源を持ち、少なくとも1000年の歴史があるとされています。三合は建物にはあまり注目せず、むしろ山と川の関係性に重きを置きます。
同学派は方磁石(羅盤)を使用し、さらに羅盤の中にも水の理論に特化した三合風水専門のものを使うといわれています。
一般的に、山、谷、水に関する複雑な分析を必要とする場合に特に有用とされています。ここでいう水とは、流れる水(川)と、湖や沼などの留まる水の両方を指します。

玄空風水
玄空風水は神秘的で精密な風水といわれ、宋王朝期(960~1279)に、シュ・ジェンワンによって設立されました。ゆえに同学派は、少なくとも800年前から存在しています。
もともとは三元風水の実践理論を補完することを目的としていたので方磁石(羅盤)を使用します。実際には、羅盤で方位を測り、建物のエネルギーの流れをチャート化します。
しかし2つの方法がチャートに異なる数字を示すことも往々にしてあります。
清王朝期(1644~1911)に至り、玄空風水では数字解釈について、自然と人工の両方を考慮するよう解釈の拡大を行いました。玄空学派は現代において風水の完全なシステムとみなされていて、現代の主流となっています。

八宅風水
八つの邸という意味を持つ八宅風水は伝統的中国風水の中では最も新しく、その歴史は300年と浅い。八宅は建物に特化した学派で、個人のクアナンバー(その人の生年月日に由来)と建物の向く方角を調和させることに用いられます。
八宅ではすべての人が東か西どちらかのクアナンバーに分類されるといいます。
幸運の条件として、家の正面玄関が個人のクアナンバーに調和するように吉方位を向いている、ということがあげられます。
伝統的に中国の家は、正面玄関と外の視界が最も良好な窓が同じ方位を向いているのですが、現代の家はこれが必ずしも同じ方位を向いてはいません。
八宅風水ではシンプルな構造で八方位を示す方磁石(東・西・南・北と北東・南東・南西・北西を示す)が用いられて、家のどの方位に良い気が流れているか、どの方位に悪い気が流れているかを調べます。
財運・名声運・結婚運・家族運・指導者運・仕事運・教育運・健康運という人生の8つの欲求を家の間取りに対応させる現代学派である八卦と八宅はよく混同されます。

伝統風水は現在どのように利用されているか
上述したすべての伝統風水の学派は今日において自由に利用されています。多くの本や学習講座が開講されていて、誰でも学ぶことができます。
一例として、私の運営する風水の実践者講座では伝統風水の主要な理論を包括して教えるので、初心者であっても全員が風水を使えるようになります。
今日、風水実践者が風水原理を学習するときは、単一の理論を適応するのではなく、分析によって得た場所の特性に応じて、様々な風水の理論を組み合わせて実践する方法を学びます。
学習者は伝統的な風水の理論を横断的に学習し、現代の都市環境に対応した実践的な理論の適応方法を体得することを目指します。
例えば私は、居住用の建物では玄空の一部であるフライングスター風水や八宅をよく用い、商業施設には三元の理論を玄空の分析法に組み合わせることで複雑なプロジェクトに対処します。
水の風水に関しては、三合の理論の一部である法則を用いて対応します。

八宅風水は、個人の住居や風水の相談に対処する際に有用です。特に八宅が有用なのは、間取りの判断や、建物の建築的構造がシンプルである場合、そして建物が周辺の山や建造物からの影響をあまり受けていない場合があげられます。
八宅は建物内部や個々の部屋の風水に適した考え方なのです。

一方、三元が最もよく機能するのは、地形が支配的である場合で、例えば郊外に購入する広大な土地の風水を判断する際や、広めの不動産を選定する際に周辺の平地や山をみて判断することができます。

三合が最も効果を発揮するのは水が支配的な地形の場所で、水の多い低地や川や湖に近い所にある土地などが該当します。

玄空やフライングスター風水のチャートとシステムが適しているのは複雑な構造の住居、階層や間取りが複雑な場合、現代的な建築構造によって分析が難しい場合などが該当します。このような場合、数多くの判断が必要になり、実践者の経験が肝になってきます。

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